よもぎの歴史|日本と韓国で受け継がれてきた植物のあゆみ
よもぎは、道ばたに生えているごくありふれた草です。それなのに、日本でも韓国でも、人々の暮らしのなかで特別な位置を与えられてきました。この記事では、よもぎがどのように親しまれ、受け継がれてきたのかを、文化的なエピソードとともにたどってみます。
この記事の内容
なぜ「ただの草」が受け継がれてきたのか
よもぎの歴史をたどるとき、最初に浮かぶ疑問があります。よもぎは、栽培に手間のかかる貴重な植物ではありません。むしろ、放っておいても勝手に生えてくる、ありふれた野草です。それなのに、なぜこれほど広く、長く、人々の暮らしのなかに残ってきたのでしょうか。
理由のひとつは、まさにその「どこにでもある」という点にあったと考えられています。特別な人しか手に入れられないものは、文化として広がりません。誰でも、いつでも、そのあたりで摘める。だからこそ、暮らしの習慣として根づく余地があったのでしょう。
そしてもうひとつが、あの香りです。よもぎの青々とした強い香りは、他の草と間違えにくく、記憶にも残ります。名前を持ち、覚えられ、語り継がれるためには、はっきりとした個性が必要でした。よもぎには、それがありました。
日本のよもぎ|食と行事のなかで
草餅として
日本におけるよもぎといえば、まず草餅です。春先のやわらかい若葉を摘み、茹でてすりつぶし、餅に練り込む。緑色の餅は季節の訪れを告げる食べものとして、長く親しまれてきました。
興味深いのは、草餅にはもともとハハコグサ(御形/ごぎょう)が使われていたと伝えられている点です。時代を経るなかで、よもぎがその座を引き継いでいったといわれています。香りの良さや手に入りやすさが、その理由だったのかもしれません。
端午の節句のよもぎ
五月五日に、菖蒲とよもぎを軒に飾る。あるいは菖蒲湯とともによもぎを湯に入れる。こうした風習は、いまも各地に残っています。季節の変わり目に香りの強い草を用いるという習慣のなかで、よもぎは繰り返し登場してきました。
春の野草として
よもぎは「もちぐさ」とも呼ばれ、春の野草摘みの定番でもありました。地域によっては天ぷらやおひたし、よもぎ団子、よもぎうどんなど、さまざまな食べ方が受け継がれています。身近な草を季節のごちそうに変える。そんな暮らしの知恵のなかに、よもぎはいました。
よもぎには見た目の似た植物があり、なかには口にしてはいけないものも知られています。野外で採取して食べることは避け、市販のものをお使いになるのが安心です。
日本のよもぎ|お灸ともぐさ
よもぎと日本人の関わりを語るうえで、お灸は外せません。お灸に使う「もぐさ」は、よもぎの葉の裏にある白い綿毛を丁寧に集めてつくられます。あのふわふわとした綿毛が、もぐさの正体です。
もぐさづくりは、乾燥させたよもぎを砕き、ふるいにかけ、綿毛だけを取り出していく、根気のいる作業だといわれています。大量のよもぎから、わずかなもぐさしか得られません。ありふれた草から手間をかけて取り出された、という点に、よもぎと人との付き合いの深さが表れているように思います。
ここで注目したいのは、お灸が「熱を用いる」ものだという点です。よもぎと「あたためること」の結びつきは、よもぎ蒸しが日本に紹介されるずっと前から、この国にもあったということになります。
韓国のよもぎ|神話とよもぎ蒸しの背景
建国神話に登場するよもぎ
韓国では、よもぎは建国神話にまで登場します。檀君(タングン)神話として知られる物語のなかで、人間になることを願った熊が、よもぎとにんにくを食べて過ごし、やがて人の姿になったと伝えられています。
神話は史実ではありません。けれども、その国の人々が何を大切なものと感じてきたかを映す鏡ではあります。数ある植物のなかから、よもぎが選ばれて語られてきた。それ自体が、よもぎの位置づけを物語っているといえるでしょう。
よもぎ蒸しの背景
よもぎ蒸しは、韓国で古くから受け継がれてきた民間の習慣がもとになっているといわれています。とくに、出産を終えた女性が体をいたわるための時間として大切にされてきたと伝えられています。
座って、下から立ちのぼるあたたかな蒸気に包まれる。道具も仕組みもごくシンプルで、家庭のなかで受け継いでいけるものでした。専門家に頼らず、女性から女性へと手渡されてきた習慣。よもぎ蒸しにいまも残るあたたかさは、そうした背景から来ているのかもしれません。
現代に受け継がれたよもぎ
日本によもぎ蒸しがサロンメニューとして広まったのは、ここ十数年ほどのことです。歴史全体から見れば、ほんの最近の出来事といえます。
ただ、その受け入れられ方を見ていると、まったく新しいものが入ってきたというより、もともとこの国にあったよもぎへの親しみが、かたちを変えて再会したようにも感じられます。草餅の香りを知っていて、お灸のもぐさを知っている。その土壌があったからこそ、よもぎ蒸しはすんなりと受け入れられたのではないでしょうか。
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よもぎの歴史に関するよくある質問
よもぎ蒸しはいつから行われているのですか?
正確な起源をたどることはむずかしいのですが、韓国で古くから受け継がれてきた民間の習慣がもとになっているといわれています。専門家に頼らず、家庭のなかで女性から女性へ手渡されてきた習慣だったと伝えられています。日本にサロンメニューとして広まったのは、ここ十数年ほどのことといわれています。
日本ではよもぎはどのように使われてきたのですか?
春の草餅の材料として、また端午の節句に菖蒲とともに軒に飾る風習として、暮らしのなかに繰り返し登場してきました。お灸のもぐさの原料としても知られています。食・行事・あたためることという三つの場面で、暮らしのなかに静かに入り込んできた植物だといえます。
韓国でよもぎが特別な植物とされているのはなぜですか?
韓国では、よもぎは檀君(タングン)神話にも登場します。人間になることを願った熊が、よもぎとにんにくを食べて過ごしたと伝えられる物語です。神話は史実ではありませんが、数ある植物のなかからよもぎが選ばれて語られてきたこと自体が、その位置づけを物語っているといえます。
草餅にはもともとよもぎが使われていたのですか?
もともとはハハコグサ(御形/ごぎょう)が使われていたと伝えられており、時代を経るなかでよもぎがその座を引き継いでいったといわれています。香りの良さや手に入りやすさが、その理由だったのかもしれません。よもぎは「もちぐさ」とも呼ばれ、春の野草摘みの定番でもありました。
日本でよもぎ蒸しが広まったのはいつごろですか?
サロンメニューとして日本に広まったのは、ここ十数年ほどのことといわれています。よもぎの歴史全体から見れば、ごく最近の出来事です。草餅の香りを知っていて、お灸のもぐさを知っている。そうした土壌があったからこそ、すんなり受け入れられたのかもしれません。
よもぎ蒸しはもともとどんな人のためのものだったのですか?
韓国では、出産を終えた女性が体をいたわるための時間として大切にされてきたと伝えられています。道具も仕組みもごくシンプルで、家庭のなかで受け継いでいけるものでした。よもぎ蒸しにいまも残るあたたかさは、そうした背景から来ているのかもしれません。
昔のよもぎ蒸しと、今のサロンのよもぎ蒸しは違うものですか?
座って蒸気に包まれるという基本のかたちは変わりません。現代のサロンでは温度管理や衛生面が整えられ、ハーブのブレンドなども工夫されています。今のよもぎ蒸しの仕組みについてはよもぎ蒸しとは?でご紹介しています。
※ 本記事は、よもぎ蒸し・温活に関する一般的な情報や当サロンの考え方をご紹介するものであり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。感じ方には個人差があります。妊娠中の方、通院中・治療中の方、体調に不安のある方は、事前に主治医へご相談ください。体調に異変を感じた場合はご利用をお控えください。
